
さて店の前に立つと、木の肌合いがまだ新しい手彫りの看板に、店主の夢が詰まっているように感じられ、なんだか胸が熱くなった。なんといっても店名が「夢想庵」なのだし、お腹もすいているのだから、こちらまで夢見る気分になるのだ。
■製粉そっと店の引き戸を引くと、入ってすぐ右手に、店の規模の割に広々と感じる麺打ち台が設えてあり、りっぱな栃の木の麺鉢が鎮座していた。すぐに壁にかかった篩に目がいき、24・35・60の3種類のメッシュを確認。思わず写真を撮る。
入口左手には、花崗岩(俗称蟻巣石)の石臼がケースで覆われていた。毎日どれくらいの蕎麦がでるか分からないが、石臼は手挽きだし、厨房はご主人お一人のようだから、お店の品書きの全てが自家製粉ということではないのかもしれない。伺えば、本日は石臼挽き茨城県産常陸秋そばとのこと。35メッシュで篩ったものと、60メッシュで篩ったものを混ぜているそうだ。いかにも誠実そうな若い店主が、「最近は粗挽きが流行ということもあって、もっと粗いものも混ぜ込んでみたりもします。」と仰る。ソバは、長野県奈川在来種、北海道北早生種、茨城県常陸秋ソバが主とのことだ。
■蕎麦前と蕎麦評判の高いざるそばと田舎そばの二八2種類を手繰り、“蕎麦前は無し!“の固い決意のもと伺ったのだが、最初にお手拭き、煎茶と一緒に出された「揚げ蕎麦」にやられた。今まさに揚げたてで、かりっと揚がった蕎麦に、かえしを霧吹きしている。熱い揚げ蕎麦の油に染みていく醤油の香ばしいのを、ふた口三口と摘まむうち、どうしても一杯やりたくなってしまうよう仕組まれているのだ。(勝手な言い分でしょうか?違いますよね、これは所謂一つのそのぉ、罠だと思います。ハイ。そういつつ喜んで罠に引っ掛かってしうところが…なんというかぁ。)頼むものは大方決めて来てはいたものの、どんなものがあるのか一応チェックするのも楽しみ。一所懸命品書きをめくりるが、ラガーと一番搾り、純米と書かれた日本酒のページのところを行ったり来たり、先に進めなくなってしまった。


揚げ蕎麦と蕎麦味噌



このような無駄な抵抗は体に悪い?と観念し、「天狗舞」山廃純米¥700.-と「特製合鴨スモーク・わさび醤油添え」¥500.-をお願いすることに。すると店主と面立ちがそっくりな、お母様と思しき花番さんが、控え目で静かな物腰ながら超高速で「天狗舞」とあての蕎麦味噌を運んでくださった。酒が、一合徳利の口のところまで、なみなみと注がれているではないか。嬉しい。

蕎麦味噌は、江戸甘味噌をベースに、ソバの丸抜き、胡麻やハチミツなどを混ぜ込んであるそうで、火で炙ることをしていない美しい光沢のある味噌は、フレッシュな味わいであった。合鴨のスモークは、スモーク具合も深すぎず、添えられた白髪ねぎと本山葵でさっぱりとして、とても美味しい。¥500.-とはお値打ちだ。他の肴も、値段設定が抑えてあり、鴨焼きなどは、分ける人数によって、スライスの仕方を工夫してくださる旨、品書きに書き添えがあった。
そして、蕎麦は一人前(現在増量キャンぺーン中:結構長いこと増量キャンペーン中のようだ。とても嬉しい。)150gとあった。片倉流を一つの指標にし、玄蕎麦を挽きこんだ「田舎」も敢えて太打ちにせず、味わいとともに喉ごしも大切にしているという。そんな「田舎」も食べるつもりで、訪れるにあたって胸に抱いていた紙より薄く弱い私の決意は、またまたここでも無かったことに。これから蕎麦2種2枚計300gは、ちょっときつそうであるから、ざるそば¥800.-一枚だけをお願いした。「田舎」は、近いうちにまた食べに来よう。
店の品書きでニ八としていても、粉の様子によって若干変えることは、よくあることだ。最近は九割にしているという。そして本日は茨城の常陸秋ソバを九割とのことで、穀物としての味わいも素晴らしく、御常法通り“切べら23本”に美しく整えられた麺の喉ごしも良かった。美味しい。


小皿に海苔を別に付けてくれる「ざる」
ところで、「ざる」という呼び名は、もともとその盛られる器からきた呼び名であるが、蕎麦屋によっては海苔を乗せた蕎麦を言うこともある。と、と思い出させたのが、この店の「ざる」に別の小皿で刻み海苔が付けられたのを見てから。あぁっ、そうだったと。それで尚更、小皿に別にしてくださった心遣いが嬉しくなった。私は、海苔の乗った「ざる」よりも、唯の麺だけの「せいろ」か「もり」が好きだ。品書きにはそれらが無かったし、私のように海苔なしの「ざる」をイメージしている客も当然多くいるはずだから。
辛汁は、予想に反して、あっさりめであった。はじめに出てきた「揚げ蕎麦」に噴かれた返しが甘めに感じられたことと(実際には、辛汁のかえしと同じものを使っているとのこと)日本酒の銘柄に比較的重たい酒が見受けられたこと、品書きの中に“江戸前”の文字が度々登場していたことで、勝手に江戸前のしっかりとした辛汁をイメージしてしまったのだろうか。目の前にでてきた辛汁が、若い店主に似合いともいえる現代風でさり気無い辛汁であったことが、最初は意外に、そして少し物足りなく感じられた。が、喉ごしの良い蕎麦に気持よく鰹節の薫る汁で、少し軽い素直な辛汁も、それはそれだという気もする。この辛汁についても、近隣の常連さんの意見が甘い辛いといろいろで、試行錯誤の中にあるとのことだ。
■薬味と蕎麦湯薬味は、大根おろし(瑞々しい普通の大根で、辛み大根にあらず)とねぎ。山葵はついていない。蕎麦湯は、たぶんそれ用にそば粉を用意しているのであろう。熱々とろ〜〜りと濃いのをいただいた。
強烈なインパクトはないが、配慮もあり、美味しいものを手を抜かずにちゃんと出そうという気持ちがひしひしと伝わってきた。常連客の要望に答えようという姿勢も感じられる。もしかすると商売としては不器用な面もあるのだろうか?若く一所懸命な店主を、思わず応援したくなるような可愛らしいお店だ。帰りに寄った砂町銀座商店街同様、下町気質の気取りのなさが居心地良く、良心的な値段設定や気前の良い盛りの良さもあって、ぜひ家族を連れて再訪したい。
■品書きざるそば¥800.-、かけそば\800.-、田舎そば\1200.-、玉子とじそば¥1000.-、桜えび揚げそば\1200.-、鴨南ばんそば¥1500.-、鴨せいろ¥1500.-(鴨は蔵王地鴨を使用とあり)、出汁巻き玉子\400.-、いいだこの旨煮¥450.-、桜えび揚げ¥500.-、鴨焼き一人前\800.-、二人前¥1500.-、いかの塩辛¥300.-、山芋の千切り¥300.-、
■住所江東区北砂4‐21‐6■電話03‐3646-7725■営業時間11:30〜14:00、17:00〜20:00■定休日日・月(祝祭日は営業)■アクセス東京メトロ東西線南砂町徒歩15分、都営新宿線大島駅徒歩20分、都営バス北砂4丁目バス停下車徒歩2分

北砂「夢想庵」に行かたとの記事拝見しました、お店の様子が細かく描写せれています、笑門来福さんが未だ食していない田舎そばを食べに行ってみたい気持ちになっています。
お店のある周囲の環境から始まって、地図や路線バスを調べたり、お店を訪問する前から、堅い意志をもって入店したが、つい蕎麦前してしまったあたり、私自身がそうですから、お気持ちは良く分ります。
本文に入って、お蕎麦の産地、道具、容器、言われ、
つゆ、薬味、蕎麦湯、などなど細部に分けて分析、解説されていて蕎麦遍路の小説を読んでいる気分がしました。
表現が豊で、内容も充実していて思わず2度読み返しました。
また良いお店が有りましたら紹介して下さい。
拙い記事への優しいコメントを有難うございます。
龍成さまのところからですと、
やはり少し時間のかかる距離になると思います。
この近所になにかのご用事のある時に、
砂町銀座商店街見物(私が行った日もテレビ撮影隊が来てました。
売っている物というよりも、商店街の熱気に圧倒されました。)
と兼ねて、足をお運びになれば
楽しさも倍増することと思います。
オープンまだ一年ですから、つい応援したくなりますよ。きっと。
いつも楽しんで 読んでます。
龍成さまのコメントのように小説を読んでいるようで 何度も読み返しています。
時間が出来ましたら行きたいと思います。
過分なお言葉を頂き恐縮です。
蕎麦が好きで好きでという方が、
お蕎麦屋さんになったというのが、
訪れた時に”じわぁ〜っ”と感じられ
なんだかとても嬉しくなりました。
「夢想庵」は、生粉打ちはやっていないようで
基本的には、二八(今、九割ですが)などの江戸蕎麦ですが
とても初々しいお蕎麦です。
生粉打ち派の興味津々さまの感想もお聞きしたいです。
トラックバック&コメント、ありがとうございます。
こちらからもトラックバックさせて下さいね。
こちらのお店、応援したくなるような温かいお店ですよね。私も近いうちにまた行きま〜す。
さっそくお越しいただきまして<m(__)m>
CM&TB、いつも有難うございます。
「夢想庵」は、ご主人のお人柄からか居心地も良いし、
お蕎麦も美味しいし、きっとブレイクしますね。
私も「田舎そば」を食べに、また行こうと思っています。
リンク張らせてくださいね!
よろしくお願いいたします。
リンク!張っていただけるとは光栄です。
有難うございます。
今後とも、蕎麦のように、
細く長いお付き合いをお願いいたします。
コメント頂けるとは、とてもとても嬉しいです。
有難うございます。
最近小耳に挟みましたが、
週替わりで異なる種類のソバを、
手挽き!粗挽きの無篩い!で出していらっしゃるとか。
堪りませんねそれは、美味しそうです。
是非是非、また伺いますので
美味しいお蕎麦を食べさせてください。
どうぞよろしくお願いいたします。