これはリハビリ専門病院で蕎麦打ちをした話です。その蕎麦打ちの話に入る前にそこに至る経緯を説明します。
4/1(土)酔って路上で転倒、頭を打って救急搬送、CTスキャンで硬膜下出血が見られ、処置室で止血剤の点滴、平行して顔の裂傷の縫合、しばらくしてもう1度CTスキャン、出血が止まらないので様子を見ましょうと処置室で過ごします。翌日の昼過ぎ嘔吐、状況はよくないので開頭して頭蓋骨内血腫除去術を実施、その後はICUで数日を過ごし、急性期は脱したとの判断のもと一般病棟に移動。
回復期に入る前の亞急性期となり、状況を見ながらそこでのリハビリがスタート、理学療法では体力が落ちていることを実感、作業療法では頭の右側を開頭しているので左半身に障害が出ることが多く、注意力散漫の兆候が見られる。亞急性期を脱することを見越して、4/25(火)リハビリ専門病院に転院します。
最初の1週間は検査が続き、2週目に入って本格的リハビリがスタートします。歩行訓練の最中、セラピストから「蕎麦打ちをされるんですか?」「はい、素人ですが打ち始めて22年になります」「蕎麦打ちにはどんな道具が必要なんですか?」「木鉢、麺棒、伸し台、包丁、駒板、生板、生舟」などなど思いつくままに答えます。「ここで打てますか?」「簡易的ですが、出張蕎麦打ちセットはありますからもちろん打てます。退院後ということですよね」「いいえ、リハビリ中に作業療法の一環としての調理訓練です」「打てるとは思いますが…」と入院中の病院での蕎麦打ち企画がスタートします。
蕎麦打ち道具を取りに帰ることは出来そうもないし、ここのキッチンで出来るのかを考え始めます。必要なものがあったら言ってください、予算もありますので買って来ますから、と言われても。この辺りにいい蕎麦粉は売っている訳がありません。妻に連絡して、冷蔵庫の在庫を確認してもらいます。その中から、埼玉三芳産令4夏の工場石臼挽き350g、同丸抜き100gをジップロック2入れて持って来てもらうことになります。
当初は本格的な蕎麦切りをと考えていましたが、包丁、駒板なしでは厳しい。ストレートつゆを買ってきたとして猪口はない。塩で食べて頂く蕎麦を考えることにします。16時くらいから打ち始めて17時くらいから食べるなら、つまみになる蕎麦を打てばいいのではないか。これは私がかねがね私が打ちたいと思っている蕎麦です。喉越しで味わう繊細な蕎麦切りではなく、蕎麦掻きのような蕎麦そのものの味わいのある蕎麦切りです。そして、勤めているクラフトビール製造販売会社の社長にお願いして蕎麦に合うクラフトビールを持って来てもらえばいいと、勝手なことを考えています。何時からと聞くと、11時位から、ありゃこれはクラフトビールはないわ。他のセラピストと一緒にお昼に頂きますとのこと。
GW開けに主治医が出てきて最終確認、蕎麦粉アレルギーの方はいないのか、実施に支障がないと判断してGOとなり、の5/8(月)か5/10(水)の10:40からとなります。必要なものがあれば5/6(土)中に言ってくださいと言われています。蕎麦粉を入れたプラスチック容器が5/6(土)に届きます。妻から受け取った看護師が自室に届けてくれて、中身を確認する間もなく、セラピストがそれを取りに来て、リハビリ室の冷蔵庫に保管してくれます。ちらっと見て、保冷剤があったのです。妻が移動途中の保冷のためにと配慮してくれたのでしょうが、保冷剤だけは取って置けばよかったと思いますが時既に遅し。以前保冷剤周りで結露したことがあり、それが蕎麦粉に染みると蕎麦粉を傷めることになります。これはその後の事なきを得ます。
蕎麦粉があれば大丈夫と思っていて、そうだ水はどうする。三鷹の水も武蔵野の水も同じだと思っていたのですが、毎日歯磨きをしていてここの水道の水は美味しくないということに思い当たります。ということは氷もそうなります。そんな水を使って蕎麦を打つとは蕎麦粉に申し訳ないので、期限は過ぎていますが、取り敢えず別のセラピストに伝えます。当日の朝、担当セラピストが出勤途上で2リットルの水と1kgの氷を買ってきてくれます。伝わっていなければ、当日の朝、近くのコンビニに買いに行けばよいとも考えていましたが、買い物をする場合にも事前に主治医の許可が必要で、だから出勤途上に買ってきてもらえて良かったのです。後はキッチンスケール、これくらいはあると思っていたらない。うーん、どうする。8日(月)、GW開けで出て来た主治医のOKが出て、10:40作業療法の調理訓練がスタートします
まず、ナイロンエプロン、ナイロンキャップ、シリコン手袋、マスクを着けます。蕎麦打ち帽に黒エプロンと行きたかったのですが、肌着以外は持込禁止。蕎麦アレルギーの方はいませんでしたが、リハビリ室では蕎麦粉が舞うことも考えられなくはないので、作業療法で使っている個室を使うことになります。ここにも曲者がいました。デコラ張りのテーブル、加水量が多くなるとテーブル面に麺帯がくっついて麺にならなくなります。
キッチンから、木鉢かわりに使う炊飯器の釜、ステンレス包丁、プラスチック生板、茶碗が2つにマグカップが2つ、スプーンが1つ、流石に量水器はあり、足りなくて追加を取りに行くことがないよう200ccの水をペットボトルから入れ、個室に運びます。先ずは工場石臼挽きの蕎麦粉を茶椀2つとマグカップ2つにスプーンを使って目見当で均等に4等分します。これで1つの茶椀、マグカップには87.5gの蕎麦粉が入っていることになります。次はジップロックに入った抜き実の製粉。ジップロックの蓋を開けて、数粒をセラピストに食べてもらいます。封をして、製粉作業の開始です。本来は石臼で行う作業なのですが、石臼を持ち込むこと、妻に家で製粉をお願いすることなど出来る訳もありません。テーブルの上でジップロックの上から麺棒を転がします。この製粉法は以前にもやったことがあり、時間が掛かりますが御好のみの粉が挽けます。この作業にはデコラ張りのテーブルは最適です。蕎麦は外からでなく中から挽けて来るのですと、途中で袋の、中に白い粉があることを確認してもらいます。いい頃合いで粗挽き粉が出来、製粉作業は終了、ジップロックの封を開け、目見当でスプーンで掬い、茶椀の1つに粗挽き粉を加えます。残った粗挽き粉とマグカップの工場石臼挽き2つを炊飯器の中に入れ。シリコン手袋をした片手で撹拌、加水を始めますが、多く入れ過ぎないように注意します。2合炊きの炊飯釜でも何とか練ることが出来ますが、流石に菊練りは出来ません。テーブルの上で菊練り、これは何をしているかわかりますかとセラピストに尋ねると、空気抜きですかとの答え。クッキー作りか何かでも同じ作業をするのかしらん。1つ残った茶碗から打ち粉の調達、いわゆる友粉です。テーブルに友粉を振り、丸伸しからスタートです。
端がひび割れて来たら、補修しつつ、次に綿棒を使って伸します。頃合いを見て、角出し、丸い麺帯が四角くなります。友粉を振って、これを畳んで、生板にも友粉を振り、
その上に畳んだ麺帯を載せ、ステンレス包丁で幅広に切りますが、包丁の長さが足らず、切れていない部分を二度切りします。これも細切りでは絶対出来ないこと。切った麺を生舟に入れ、蕎麦打ち作業は終了。
個室に運んだいろんなものをキッチンに戻します。鍋に量水器に入っている水回しで残った貴重な水とペットボトルの水を適量入れ、茹でた麺を洗う氷水用にボールに入れますが、心細い量です。茹でるための水までミネラル水にしたのは初めてです。蕎麦茹でには相当量の水が必要なことを実感します。湯が湧くのを待っている間に、使った道具類を洗います。湯が湧いて、先ずは蕎麦掻きを椀掻きします。普通蕎麦掻きは蕎麦粉を鍋に入れ、適量の水で溶き、こだわるお店ではしっかりと蕎麦粉に水が浸透するよう最低30分は置き、その鍋を加熱、糊状になるまで掻き混ぜます。椀掻きとは、鍋を使わず簡易的に蕎麦掻きを作る方法です。お椀に入れた蕎麦粉に熱湯を加え、掻き混ぜることでお好みの固さの蕎麦掻きが作れるのです。これも湯の量を気にして、幾分粉の部分が残っている固めの蕎麦掻きかもしれませんが、仕方ありません。友粉として使って残った蕎麦粉も蕎麦掻きに、ますます茹でる湯が心配です。
そして蕎麦茹でとなります。煮前は釜前の恥、じっくり茹でて、氷水で締めて、皿に盛ります。更にそれを繰り返すこと2回、全量を茹で終えます。蕎麦湯は残り少なくなっていますが、IH特有の焦げ付きもなくホッとします。工程写真は撮っていますが、シリコン手袋では指紋認証が出来ず、マスクのお陰で顔認証も駄目、都度ピンコードの入力となります。
セラピストから茹で終えた蕎麦の写真は撮ったと聞かれ、撮りましたと答えたのですが、後で携帯を見ると、撮っていません。茹で終えて緊張の糸が切れたのか、困ったものです。さて、いつ食べるのかと聞くと、午前のリハビリが終わって、作業台にセラピストが集まって、食べるとのこと、ラップを掛けてもらいます。それまでにまだ30分はあります。若干くっつくかもしれませんが、何とか食べられるでしょう。
こんな蕎麦を蕎麦掻きと一緒にお出しすることで、蕎麦ってこんなに美味しいんだという想いを伝えたく、そこに同席させてもらえはいろんな説明が出来るのですが、セラピスト以外は入れないとのことで、自室に戻り、自分の昼食を頂きます。午後からの理学療法のリハビリに行くと「お蕎麦美味しかったです。大人の蕎麦ですよね」「香ばしかったです」「蕎麦掻きは初めて食べましたが美味しかったです」など、概ね良好な評価です。そして当日には食べられず1日経った翌日食べた主治医とセラピスト。両者とも「美味しかった」とのことで、もっと蕎麦が食べたくなったということで、退勤後どこかの蕎麦屋へ行かれたようです。何を食べたかはおっしゃいませんでしたがきっとせいろ蕎麦をつるつるといかれたのでしょう。だとしたら、蕎麦の力の勝利です。「これは蕎麦ではないですね」といった声もあったかもしれませんが、私の耳には届きません。終わってから気づいたのですが、食事の時に出るお茶、これは特に旨くない訳では有りません。とすると茹でるのは水道の水で良かったのかもしれません。朝食にだけ出る味噌汁が旨くないのは減塩のせいなのか。翌日5/9(火)が私の退院日を決める面談の日で、この調理訓練も加点要素の1つとなったのでしょう。転院から3週間、5救急搬送から1ヶ月半、75/16(火)が退院の日となります。
いつも新しい工夫を披露していただいていますから、とても高島さんらしく感じました(^.^)
大変な怪我をされたのですね。
いつどんな時も蕎麦愛に溢れていると感動しました。
蕎麦の伝道師として、今後も益々のご活躍が目に浮かぶようです。
お体お大事になさってください。
結果として大変な怪我となってしまいましたが、何とか永らえています!
そして、リハビリ病院でリハビリの一環として蕎麦を打つことになろうとは思いもしないことでした!!
私の打ったものが蕎麦であるのかは、定例会でご披露しますのでご評価ください!!!