2011年秋、石臼の会シリウスさまのご家族が、出雲の蕎麦屋さんで江戸時代に使っていた蕎麦屋台の写真を撮って帰られた。その写真を見せて貰ってから「いつか実物を見てみたい」と思っていた。
そんな折、NHK「ブラタモリ」出雲編で、220年以上続くこのお店の屋根裏から出雲大社の御師が布教活動に使ったソバクーポン「蕎麦預」の版木が出てきた事を知った。
ということで、
この春発刊の「そばもん」ニッポン蕎麦行脚〜出雲そばルネサンス〜17巻を携えて、蕎麦を手繰りに出雲へっ!びゅ〜んと飛んでった。
■■出雲蕎麦とは
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もともとは、挽きぐるみ、丸延し、平打ちで太目の「黒っぽい蕎麦」が主流であったそうだが、近年は製粉の仕方や打ち方の幅も広がって、概ね島根・鳥取周辺で「冷たい蕎麦は、割子に入れて供し、汁を掛けて食べる」「温かい蕎麦は、茹で上がり後に洗わず、釜の湯と一緒に供する」というほどの括りになり、今回伺った限りでは、必ずしも同じタイプの製麺方法は指さなくなっているようにも感じられた。
薬味は、浅葱・大根おろし(辛味大根・紅葉おろしも含む)・刻み海苔・鰹節・胡麻など。
割子蕎麦
蕎麦を盛る「割子」という容器は、武士の弁当箱として使われた割盒を松江の趣味人が蕎麦入れに応用したという説がある。今では漆器が一般的だが、始めは白木だったそうで、角型→長方形→小判型→現在の丸型まで形が移り変わってきた。割子に盛られた蕎麦の上に、直接薬味を乗せて汁(※1)を回し掛けて食べる。上段で余った汁(※1)を次の容器に移し、また同じことをする。多くの店で、三段重ねが一人前。最後の段でも残った汁(※1)は、蕎麦湯に入れて飲む。食べ歩いた店全で、予め蕎麦猪口に注がれて出てくる蕎麦湯は、蕎麦と同時に運ばれた。ということで、蕎麦猪口は蕎麦湯を飲むためだけに用いられていた。
釜揚げ蕎麦
茹で上がった蕎麦を冷水で洗わず、熱々で釜の茹で湯ごと容器に入れて供する。普通、冷たい濃いめの汁(※1)を好みに応じて直接かけて食べるが、江戸蕎麦でいうところの「かけ」のように予め薄めの(茹で湯+汁(※1))で満たして供し、客の好みで追加の汁(※1)を投入する店もあった。
旧暦10月の和風月名は「神無月」。全国の神々が出雲に集まるため、各地で神が留守になるというのが由来だが、ここ出雲ではその月を「神在月」と呼び、八百万の神々が集まっては話し合いや神事を繰り広げ、それを終えて各地に帰る時に行われる最後の神事に際し、温かい「釜揚げ蕎麦」を食べる慣わしがあったという。この儀式「神去出祭」に食べるので、「神去出蕎麦」「お忌み蕎麦」と呼ばれることもあるらしい。つまり温かな蕎麦が恋しくなる季節10月に、ほっかほっかでトロ〜リ粘度もある冷めにくい蕎麦!ということ。
ソバという穀物そのもの味を堪能できて、とっても美味しいっ! 東京に帰ってからも今まだ自宅で釜揚げ蕎麦モドキを作って食べている程嵌った。この冬中、マイブームは続くか!?
■■出雲蕎麦の汁
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上の文章の(※1)の部分について 今回旅をして知ったことだが、どうやら出雲蕎麦を扱うお店、或いはその界隈では、江戸蕎麦で言うところの「汁」のことを、花番さん始め地元客の皆さんは「だし」と呼んでいた。
割子蕎麦を運んでくださる花番さんが、どうみても観光客である私に「直接お蕎麦にだしを掛けて食べてくださいね」と優しい笑顔で説明してくださったし、釜揚げ蕎麦の横に汁徳利を置いて「お好みでだしをどうぞ。」と添えてくださったりもした。念を押すように割子の品書きに「の」の字を書くように少量のおだしを掛けて召し上がってください。と書いてあった店(創業220年 出雲「荒木屋」)も。
だからと言って、日頃このブログで「汁」と言い表している同じ類ものを「だし」と書くと、鰹節や昆布などから煮出した「出汁」と混乱しそうであったので、東京流に敢えて「汁」と書いたが、出雲では東京で言うところの「甘汁」や「辛汁」のことを「だし」と呼んでいた。どうやら西の文化圏では、度々「だし=つゆ」だったりする。そういえば、某所の蕎麦繋がりの方は「たれ」と言っていたっけ。「たれ」は、何処の地域の人が使うのか。
TVで「さされる」「かまれる」「くわれる」を日本地図に書き込む蚊取り線香のCMがあったけれど、言語地理学的に「つゆ」「だし」「たれ」の地域による言い方の違いを調べてみたら面白いんじゃないだろうか。
と、まぁ「つゆ」の呼び名のことはこれくらいにして。
出雲蕎麦の汁は、東京のそれと比べると、とっても甘口! 醤油が甘〜くコッテリとした溜りっぽいものなので、汁もそれにつれ甘くなるのだろうか。更に、古くから出雲地方に伝わっていた「地伝酒」という酒(1943年頃戦時の統制経済で廃絶した)が平成になって復刻されて、それを汁に使う店もあった。この「地伝酒」も相当に甘口であるから、松江・出雲の方々は甘い味を好まれるのであろう。街も人も、そして蕎麦汁も、しっとりとしていて親切で優しくほの甘い風情だと感じた。
それから、出汁。創業220年超の出雲「荒木屋」さんでは、「最近他店では鰹節が多くなったけれど、当店では昔とずっと変わらずウルメイワシが出汁のベースだ」と教えてくれた。戦前に書かれた太田直行著「出雲新風土記」では、鰹節で出汁を取り、地伝酒、砂糖、醤油を入れ、煮詰めて作ると書いてあるそうなので、ウルメイワシ→鰹節の移り変わりの時期も、最近の事と言い表す範囲なのかもしれない。
ということで、お店によって鰹節・宗田鰹・ウルメイワシ・昆布・椎茸などで出汁をとり、出雲蕎麦という括りで必ずしも出汁の種類は決まらないようだった。
■■今回訪問のお店
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今回の出雲蕎麦の旅に先だって、詳しい諸先輩に伺い、ネットで調べ、飛行機で現地到着後は、車を使わず公共交通機関で回れる蕎麦屋10軒程を検討した。2泊3日の旅で、1日に3〜4軒回っても楽勝?大丈夫?なように、第二の胃袋(私が食べきれない分を、ペロリと平らげてくれる息子たち)を引き連れて万全を期した。が、実際に回れたのはたったの5軒。以下、訪問順に並べた。
創業220年超。シリウスさま所蔵の写真「江戸時代に使用していた蕎麦屋台」、ブラタモリ放送の「蕎麦預」など歴史を感じる品々も楽しみに伺った。老舗を感じる甘くて上品なお汁が本当に美味しく、お店の風情も花番さんも素晴らしい。今回の旅でどうしてもどうしても伺いたかったお店で、空港から直行。美空ひばりさんや長嶋茂雄さんが訪問時に撮ったと写真も店内にあり。
初日2軒目。下調べの店を数軒回ったが、どこもかしこも閉まっていて、歩いて歩いて・・・戻り辿り着いた出雲大社すぐ傍の店。下調べはしていなかったけれど、店員さんがとても親切で、本当に嬉しかった。この店の入るご縁横丁内の酒類や肴・更にはスイーツまでも、店内に持ち込み可能。出雲蕎麦難民にとっての穴場か。後で知ったことだが、直江、米子、松江などで、うどんと蕎麦で7〜8軒の店舗を展開している大手であった。この日は17時でも店が開いており、出雲でこの夕方までの営業時間は、例外的と思われる。
東京にあったら是非とも通ってしまう素晴らしい蕎麦。手の掛かる製粉を、松江市内の別の場所に構えた自前の製粉所で徹底したこだわりを持って行い、その風味を最大限引き出して製麺するストイックなご主人も魅力。旭屋出版MOOK「評判そば店の自家製粉の技術」に、並み居る超有名店と肩を並べて掲載されている。松江の観光スポットからも近く、観光客+地元客が押し寄せており、予約が功を奏するかも。(不肖笑門来福は、1か月前に予約で席をゲットしておきました。※日にち・時間帯によっては予約できません。)この地域にあっては、汁が東京寄りで辛口。
諸先輩一押しの店。漫画「そばもん」にも掲載されており、脱細く長くの製麺。繋がっていなくとも味わい深い蕎麦の香味を大切にするご主人渾身の蕎麦が食べられる。ランチに漏れなくついてくるスイーツも魅力。松江藩主松平家菩提寺「月照寺」そばに位置しており、食前か食後の周辺散策にも吉。
出雲蕎麦旅下調べで、ソバ粉を玄ソバからの挽きぐるみと、丸抜きからのものの2種類を提供していると知り、更に松江産玄丹そばも扱うとあったので、これは是非っ!とリストアップしていたところ、地元の名店居酒屋さん(大田和彦氏ご推薦の店)に「松江で蕎麦を食べるなら、出雲蕎麦としてオーソドックスだしとても美味しいから、ここに行ってから東京にお帰りなさい。」と、私のリストの中から強力に推薦してもらった店。NHK「歴史ヒストリア」すごいぞ!国宝松江城〜編でも、チラッと登場。
あぁ〜〜〜っ!!もぉ〜っ。勇んで行ったのに、行きたかった店を回りきれなかった。というのは、特に特に出雲大社周辺においては、閉店の時間が超早いっ!!!松江でも、割に早い! 事前の調べで「売り切れ御免」とは勿論知っていたものの、それはそれ観光地なんだし流石にそこそこの量を打って、ある程度の時間まで営業していると、勝手に思い込んでいた。
が、出雲大社周辺では、実際足を運ぶと店は殆ど昼過ぎに閉まっていた。訪れたのが、もしかしたら条件の悪い連日雨降り続く9月の平日だったという事があったのかもしれないけれど…。下調べの時にこんな事態を念頭に入れておかなければイケなかった。
店の前まで行ったのに、閉まっていた店の写真を何枚か。
ガックリ肩を落としてトボトボ帰った悲しさが写真から伝わるだろうか。
例えばこの日の場合、出雲大社前の某「砂屋」の閉店は13時45分(店舗1階に入るタオル屋さんが教えてくれた)。
だからもし大社周辺で蕎麦屋2軒以上の梯子を目論んでいる場合、
1)1軒目と2軒目の間に、うっかりお参り(出雲大社)や観光(県立古代出雲歴史博物館)を挟んではいけない。
2)行列の店を選んで、待つことで時間を使ってはいけない。
3)蕎麦をササッと手繰って、即2軒目に移動すべし。という具合だったのだろうか…。なんかヘン?折角行ったら、それぞれのお店を堪能したいなぁ…。
ということで、
残念ながら出雲では開いている蕎麦屋を見つけられなかったので、小学生の下校時間には松江に移動。第二の胃袋達(蕎麦屋を梯子して、万が一にも注文したものを食べきれないような事があれば失礼だ。なので、全てをペロリと平らげてくれる息子達を連れていた。)は空腹を抱えてガッツリ系の店を探して徘徊。我が家の筆頭呑兵衛組頭と私は、蕎麦屋巡りが旅の目的ではあったけれど、閉まっていては叶わず、ちょこっと大田和彦氏ご推薦の居酒屋巡り…。あれ?…またまたなんかヘン? まっいいか。