09年6月27日に行われ江戸ソバリエシンポジューム を、いくつかの新聞が取り上げていたのだが、その記事の中の谷中琵琶Style 川嶋信子さんの創作琵琶曲「蕎麦の花」の事を読んだ方が、「市民タイムス」という松本・安曇野・塩尻・木曽(つまり蕎麦の聖地?)の地域新聞へ、下に転載した文章を寄稿なさっていた。
「市民タイムス」にお許しを頂けたので、下に全文載せてしまう。
※ 市民タイムス 09年8月27日号より転載
蕎麦の花(上)松本義尚
松本にサイトウキネンフェスティバルという音楽祭があるのは、全国、いや近隣諸国にまで聞こえており、聴衆を集めている。よく知られている通り、斎藤秀雄氏をしのんで衣鉢を継ぐ演奏家たちが集まり、小澤征爾氏を中心にして演奏会を開いているのである。最近では、斎藤門下がかりはなく、世界的に評価の高い人たちの参加があり、また将来が楽しみな若い人たちも招かれている。演奏家はオペラのような規模の大きなものを中心にすえ、オーケストラから室内楽に至る広い範囲の演奏で聴くものを引きつけている。最近は「武満徹メモリアルプログラム」も注目を集めるようになっている。一般聴衆に向けた演奏会がかりではなく、若い演奏家のためのワークショップや、小中学生がクラッシック音楽に触れる機会をつくるなど、幅広い活動が続けられている。もう記念音楽祭という範ちゅうから、一つの音楽活動に広がろうとしている。毎年の音楽祭が楽しみである。
私の妹夫婦は松本に住んでいて、私は毎年身の程を超えた楽しみを満喫している。この夫婦のもてなしぶりはそれこそ行き届いていて、あちらこちらのうまいものを食べに連れ出してくれる。それで、目も耳も舌も、おまけにおなかの周りまで肥えて帰ってくるのである。
サイトウキネンのころの松本の平といえば、蕎麦の花盛りである。あちらの畑1枚、こちらの1枚という風にモザイク風に白い花で敷き詰められるのである。北海道のラベンダーとは異なって、平原全体がまとまって一つの力としてこちらを圧倒しようというのではない。見渡す限りの白一色にうねっているというのでないのがいかにも蕎麦の花の風情をかんじさせてうれしい。一枚一枚の畑で、一株一株が天辺に小さな固まりをつけている様子からは、優しいすがすがしい感じを受ける。近寄って見ると、5枚のがくをつけた花一輪一輪が、まぎれもないタデ科のりんとした姿になっている。近ごろでは、白以外の花もあるようであるが、蕎麦の花の風情を感じさせるのはやはり白い花である。
先頃「蕎麦の花」という新作琵琶曲の演奏があるという新聞記事にぶつかった。江戸ソバリエのシンポジウムで、作曲者の川嶋信子さんが演奏するという。谷中琵琶Style という演奏活動を行っているその作曲者にメールで尋ねたところ、次のような返事を頂いた。
もう謡われなくなっている「蕎麦」という謡曲をソバリエが探し出し、それを基にした琵琶の新曲を、ということになったのだそうである。川嶋さんが教えてくれたところによると、謡曲は伊那高遠の入野谷に伝わったもので、蕗原拾葉や未刊謡曲集にあるという。あらすじは、中納言冷泉為久が歌を詠み、それを慕って蕎麦の花の精が為久に恋をする。蕎麦の精は女人の姿に身をかえて出現し、長谷村の僧に弔われるというのである。永いこと忘れられていた蕎麦の精が、平成の世にあらためて鎮められたように私は感ずる。
私はまだ、琵琶曲「蕎麦の花」を聞く機会に恵まれていない。が、題材の出所が信州高遠で蕎麦どころでもあり、作曲者の川嶋さんが松本生まれで、そのうえ鶴田錦史氏の琵琶の流れをくむというところに浅からぬ因縁のようなものを感ずるのである。鶴田錦史氏といえば、武満徹作曲「ノヴェンバー・ステップス」を小澤征爾氏と協演して、世界中から喝さいを浴びたものである。サイトウキネンオーケストラとのCDも広く聴かれている。この琵琶曲「蕎麦の花」を松本で聴く機会が来るようにと願っている。(九州大学名誉教授、松本市出身=東京都八王子市)
この記事を読み「小澤征爾は、メチャ蕎麦好き」と、(過日ブログにも書いた)毎日新聞に出ていた記事も思い出し、蕎麦は新聞をもツールにして人を繋げるんだなぁ〜と。この繋がり具合を嬉しく思った。
あぁ、蕎麦の花(下)はどうなったのか…気になるぅ。
2009年10月02日
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