店の名刺や中山道に出ている看板には、“季節料理”の次に“手打ち蕎麦”とある 志村坂上「よし田」に、梅雨寒の昼に伺う。玄関に辿り着くと、「おっ!?いい感じっ」と抑えていた期待が爆発した。ガラガラと引き戸を開ける。
一軒家を改装した店内は、広々と風通し良く、これぞ日本家屋の美点と思われる設え。落ち着く。更に嬉しいのは、3卓×4席ある座敷席も全て掘りごたつ式になっていて、足のしびれ知らずで楽ちんだ。厨房内が見渡せるカウンターには7席。麺打ち台は奥まって見えないが、蕎麦職人がきびきびと働く姿が、余すことなく見て取れる。13時半に近いこの昼は、厨房2人、花番1人陣営。お客は全員かぶり付き席であるカウンターに。広々とした座敷を「どうぞ、どちらでも」と勧められたが、ここは絶対カウンターっ!と、絶好のロケーションを確保。
舐めるように、品書きをチェック。入口近くの冷蔵庫では、獺祭が出番を待っている。うぅ〜、悩ましい。そしてなにしろ看板の表記順が気になる。“季節料理”が先だ。あれこれつまんで、蕎麦前を楽しみ、〆に蕎麦と提案されているようではないか。しかし、午後の使命を思い出し、なんとか蕎麦前の誘惑を退ける。どうだ鉄の意志ではないかっ?と自画自賛しつつ、折衷案(どこが?)として、今が旬の穴子あたりへ…と、穴子天せいろ 朝〆穴子の一本揚げ¥1700.-をお願いした。
■蕎麦冷蔵庫から朝〆たという手頃な大きさの穴子を取り出し、家庭用サイズのフライパンに満たした油を前に、店主は美しい穴子に穴を開ける程注視する私の視線が気になるようだ。やり難かろうと、一旦品書きに目を落とすが、天麩羅を揚げることも下手な私は、つい店主の一挙手一投足を見つめてしまう。穴子に衣を付けて油に投入後、菜箸で触らず、フライパンを上手に大胆に揺する様子が目に焼きつく。これは収穫と独り言つ。
さて、大根おろしが添えられた穴子と天つゆ、薬味に蕎麦汁が、麺に先んじて運ばれた。穴子を一口。軽やかに揚がって、火の通り具合も秀逸。品の良い天つゆ、大根おろしも、きっちりとした和食の修行を積んだ職人だと言っている。頬張りながら、氷を大量に投入し麺をしめる音を聞く。
直ぐにせいろが運ばれる。長方形の塗りのせいろに盛られた麺は、二八で国内産石臼挽き製粉とあり、細打ち。玄蕎麦が少し入っているのだろうやや色が黒い。 水を打った玄関、気持ち良く整えられた店内や粋な食器、穴子の仕事から想像していた麺とは、少し違った。季節料理を前面に、蕎麦は…。それで、あの表記順だったのか。私の個人的な好みからすれば、化粧水が冷たすぎて、蕎麦の香味が隠れてしまったことが残念。一杯やりながら、少し時間を置けば、或いは食べ時かもしれないが、今日はそれがない。そして今日は寒い。不揃いで細すぎる麺が混じり、茹で具合が揃わないことも、少し気になる。
好みはいろいろで、たまたま老練な蕎麦が好みな私と、ほんのほんの少しタイプが違ったが、お蕎麦も高水準であることに変わりはない。気さくで客あしらいに気を使う店主故、お店が混んでいないときには、茹でる前に「あまり冷たくないので、お願いします」などと言えば、目の前にいる釜前が好みを聞いてくれるようになるかもしれない。客のわがままを、プロとしてきっちり聞いてくれそうな、懐深い感じのお店だ。
蕎麦汁は、すっきりとした辛口で、江戸前蕎麦屋のそれよりも、少し軽い感じがした。尖ったところがなく調和している。節の出汁ひきも、一般的な蕎麦屋のように、長時間厚削りを煮出すやり方でないのかもしれない。
■薬味と蕎麦湯シンプルに、ねぎと山葵。ねぎの旨味が素晴らしい。外見では、変わったところを見つけられないのだが、特別な品種なのだろうか。蕎麦汁は、まったく作為のないナチュラル系。ナチュラル系では、釜の湯に溶け出し円やかに一体となったたんぱく質の旨味が、楽しみどころの一つであるが、釜の湯を変えたばかりなのだろう、仄かに蕎麦の香りは感じられたがサラサラだ。
他の客の出汁巻きを、店主が焼き上げる姿に、これまたジッっと見入ってしまう。たっぷりの出汁で柔らかく美しく巻き上げて、フワッとできあがった熱々を、大急ぎで卓に運んでいた。とてもとても美味しそう。この店では卵焼きを関西風の出汁巻きと、江戸前の卵焼きとして、2種類用意している。品書きから推察すれば真骨頂は、旬の食材を使った和食にあるのだろう。次回は是非是非、蕎麦前を少し…。
店名に引きずられ、また品書きの「ぶっかけ 五種の薬味」と言うのを見て、一番町「吉田」の錦蕎麦を連想し、関連が頭から離れなかったが、天麩羅の様子や骨太感のある汁や麺の盛りつけが、全然違う。それでは…と、考える。どことなく一茶庵系の風情はあるものの、品書きに“変わり蕎麦”はない。興味を持って蕎麦の修業先を聞いてみたら、一茶庵系のお店だということだが、詳細は軽く答えを濁しておられた。修業先といえば、蕎麦屋よりも和食の店を挙げないと、正確ではないと考えられたのかもしれない。開店時期は、「商売をやるのは、初めてです。えぇ〜一年…ほどまえ…」とのことであった。
最近使い古しの感のある「隠れ家」という言葉があたるのか、見つけにくいお店と思ったし、内緒にしておきたいお店のようにも感じたが、もぅ既に贔屓にしている人が大勢いることは間違いないようだ。この地域では、少し高めの値段設定ながら、蕎麦前好きには貴重で素敵な大人の為のお店。遠方ながら私は、時々伺いたい。
■品書き冷たいおそば/せいろ 国内産石臼挽き製粉¥700.-、重ねせいろ せいろ二枚重ね\1300.-、卸しせいろ 辛味大根\850.-、胡麻だれせいろ 自家製胡麻だれ\1000.-、そばとろ 大和芋のそばつゆ仕立て¥1100.-、ぶっかけ 五種の薬味\1100.-、天せいろ 芝海老と帆立のかき揚げ温つゆ仕立て¥1400.-、海老天せいろ\1500.-、鴨せいろ 蔵王合鴨の温つゆ\1600.-、穴子天せいろ 朝〆穴子の一本揚げ¥1700.-、
温かいおそば/花まき 海苔の香りをお楽しみください\800.-、山かけ 大和芋のそばつゆ仕立て¥1100.-、刻み葱そば 九条葱と揚げ玉のおそば\1100.-、鴨南蛮 蔵王合鴨の温そば\1600.-、海老天麩羅そば\1500.-、穴子天そば 朝〆穴子の一本揚げ\1700.-、(大盛り200円増し)
蕎麦味噌\420.-、そばがき\850.-、胡麻豆腐\650.-、たまご焼き(江戸前)\850.-、出汁巻き(関西風)\850.-、鴨陶板焼き¥1600.-、
八海山本醸造¥750.-、出羽桜純米吟醸¥900.-、黒龍純米吟醸\900.-、磯自慢吟醸\850.-、獺祭純米吟醸\850.- 宴会コース\5500.-、会席コース¥7500.-
■住所板橋区小豆沢2-15-8■電話03-3966-5522■営業時間11:00〜14:00、17:00〜21:30■定休日水・第2・4火■アクセス都営三田線志村坂上駅A1出口徒歩3分、近くにコインパーキングはあるが、駐車場はない。
2008年07月08日
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