蕎麦仲間のソバスキーさんから、「西葛西駅から近いところに、新しい蕎麦屋が開店しましたよ」と、情報をいただいた。場所を詳しく教えて頂くと、西葛西「豊川」の眼と鼻の先、180m程しか離れていない。イナサワ商店プロデュースで、日本一蕎麦の売れている立ち食いの名店西葛西「やしま」からも350m。こりゃぁ〜是非とも覗いてこなくてはっ!と、祝日の昼過ぎに出掛ける。
広々として真新しい店内は、全てテーブル席。4人掛け×2、2人掛×9、ちょっとした個室には、7〜8人掛けられそうな大きなテーブルが1つあった。厨房4名、花番3〜4名の陣営で、この7月15日にオーナーの名前「識義」を冠して、オープンしたばかりである。
まず腰を下ろすと直ぐに、ジャニーズばりのうら若きイケメン花番さんが、やや緊張の面持ち(不慣れ?な)で、よく冷えた蕎麦茶を丁寧に運んでくださった。残暑厳しい中の配慮であろう氷が浮いて……ん?あれ?よく見ると丸抜きが数粒、氷と一緒に浮き沈みしている。おぉ〜、期待が膨らむ。
■■蕎麦前
■ いきなり、吟嶺立山(お燗と常温あり)¥600.-×3合をぬる燗でお願いした。燗酒は、この酒一色のみ。冷酒も一の蔵¥700.-一色のみ、ビールは、ハートランド¥600.一色のみ。という、なかなか興味深いラインナップ。他、焼酎は3種類あった。そうそう、今流行りの?ノンアルコール飲料、キリンフリー\300.-や、日替わりフレッシュジュース2種類各600.-、やミルクセーキ(これって、懐かしいなぁ…。)¥400.-なんていうのもあって、飲まない人にも楽しみがあるかも。
信州安曇野産 おぼろ豆腐¥400.-
何かのパックに入っていた感じ?プリンのカップを、カポッと逆さにしたような形になっているぅ。思ったよりもあっさりした風味。
手前は、お通しの青ねぎの胡麻ドレッシング和え
だし巻き玉子¥700.-
茨城県牛久市奥原町長沼養鶏場で、のびのび育った鳥に産ませた玉子をつかっているそうだ。玉子をよぉ〜く溶いているようで白みがかった均一色。表面も中も均一に火を通してあり、全体にしっかり固めの仕上がり。所謂、江戸前蕎麦屋のどっしり甘い玉子焼きではなく、やや甘で、大人しげな出汁。大根おろしが添えられ、香草のトッピングあり。
わさび菜漬け¥500.-
安曇野の本当に辛みの生きた物をつかっているとご説明いただいた。そぉ・・・ピリリと爽やかだぁ。
鴨のねぎ焼き¥1200.-
合鴨農法(合鴨を水田に放して、雑草や害虫を退治させることにより、農薬・除草剤・化学肥料を一切使用しないで育てる完全無農薬米栽培。合鴨の排泄物が自然に肥料となり、安全で美味しいお米を育ててくれるそうだ。この方法で育てた、米もお店のメニューに検討中だそうだ)で、同時に育てていた?働いてもらっていた?合鴨を、香ばしいねぎも添えて焼いたもの。(そうかぁ…あの鴨をたべちゃうのかぁ…と、東京で生まれ育った軟弱者は、身勝手にもふっと思うのでありました。)粗挽き胡椒が強く効き、柔らであっさりした仕上がり。これまた、トッピングされた香草がさわやか。
■■鶏卵繋ぎ蕎麦と蕎麦汁
■ そして薬味
何と言っても注目したいところは、鶏卵繋ぎの蕎麦ということ。 “個人名を冠して新しくオープンしたお店”との情報を得て、伺う前に私が勝手に思い描いていたのは、蕎麦打ちが好きで好きで、趣味が高じてとにかく自分の打った渾身の蕎麦を出したいという店。蕎麦打ちが身近な私のまわりには、このパターンの新規オープン店が圧倒的に多い。それに今、東京近郊の蕎麦打ち教室での主流は、水捏ねということもあり、“新しい店=水捏ね”の式が、いつの間にか頭に固まっていたのか。いくつかの老舗などにみられる鶏卵繋ぎは、私の頭の中で、山芋繋ぎや、フノリ繋ぎ、オヤマボクチ(雄山火口)繋ぎ、豆乳繋ぎと同じような位置づけになっていたのかもしれない。
ということで、席に通されて品書きの蕎麦の説明書きを読むやいなや、ひょっとして何処かの老舗の流れ???、ヒントは無いものか???と、あちこちをキョロキョロと眺めまわした。ついには、その後、側に来て下さったオーナーに「修業先は、どこなんですか?」と伺ってみることに。
すると、西葛西の駅の反対側、元ダイエーや現スポーツセンターのあるあたりに、以前「小松庵」という蕎麦屋があったそうで、その流れをくんだ蕎麦だと教えてくださった。残念ながら、その「小松庵」に伺ったことはないのだけれど、どうも長く続いた町場の蕎麦屋さんであったらしい。そしてついでに言えば、どうもオーナー自身は、店全体のプロデュースを担当していて、必ずしも蕎麦職人ではないように感じられた。
さて、
この店のソバ粉は、長野の南澤惣吉商店に北海道産・信州産をブレンド製粉してもらっているそうだ。品書きによれば、各50%ずつブレンドした物に割り粉、鶏卵を加え外一で打っているとある。しかし、蕎麦の欄の品書きには、“二八そば”として、せいろ¥800.- わさび菜そば\1000.- 辛み大根そば\1000.-、天せいろ¥1700.-との文字が並んでいるので、この外一というのは、田舎そばメニューのことなのか???な?
ソバは、時期や産地、そしてなんといっても気候で毎年毎年、その畑その畑でコンディションが違うから、いつでもこの二つの産地をかっちり50%ずつブレンドしているとか、必ず外一というのはとても厳しい事だろう。この辺りは、「概ねこういう気持ち・・・でいく店」と理解することにした。去年度国産ソバは、散々の凶作であったから、玄ソバ自体が早くに姿を消して、もぅとてもじゃないが手に入らない状況にある。やっとでてきた北海道産の秋新ソバにしたって、まだ限定的だ。私達消費者も、その辺りを納得し心得、時には我慢しなくては、と日頃自分に言い聞かせている。
で、田舎せいろ\800.-と、二八のかけそば¥700.-を頂いた。
田舎は、ほんのり黒褐色、やや太めの平打ちである。鶏卵繋ぎだけあって、麺の表面はつるつる、ムキュッとタイトな密度がある。やや弾力のある歯ごたえ、咬んで食べる蕎麦だ。しかしこうなると、どうしても香りは乏しい。薬味には、山葵とたっぷりのねぎ。辛汁は、懐かしい町場のお蕎麦屋さん的?甘みを強く感じた。かといって、濃淳な重たい辛汁ではない。濃い老舗蕎麦屋の辛汁は、目指すところではないようで、オーナーは、今後上質な出汁でもっともっと薄くしたいと言っていた。品の良い和食の辛汁をめざしているのだろう。現在のところは、ちょうどその真ん中と言ったところか。
標準的な太さ。鶏卵繋ぎらしく、熱い甘汁の中にしばらく浸かっていても、まだ喉越しを楽しめるしっかりとした麺である。醤油の色が濃く甘みの強い関東の甘汁。トッピングなしで、小皿にたっぷりとねぎが付く。
そして、卓上にあった塗りのひょうたんに、七色が。品書きの説明では、唐辛子(京都祇園味幸)は、通常(唐辛子・山椒・黒胡椒・白胡麻・紫蘇・青海苔・麻の実)の7種が調合されているものであるが、汁の香りや風味を引き立てるために山椒と、蕎麦の食感を生かすために麻の実を、この店用に取り除いた5味仕立てにしてあるとあった。少し舐めてみると、辛味の少ない爽やかな香りを楽しめる七色(5色?)に感じられた。
蕎麦湯は、釜から熱々さらさらを注ぎ入れるのを見た、完全ナチュラル系。6割がた埋まったどの席にも、良いタイミングで蕎麦湯を出しており、また対応も丁寧で好感が持てる。
■■雑感
■蕎麦マニアの趣味蕎麦ではない。供された蕎麦、たっぷりと盛られた薬味、甘みの強い汁は、案に外して東京下町・町場の蕎麦屋さん的な、古き良き庶民の蕎麦であった。厨房にチラリと見えた働き盛りの人が、束ねたねぎを宙で鮮やかに刻む。水切りのやり方といい、蕎麦屋で修業をした者の所作であろう。店内は、奥のトイレへ繋がる廊下段差に、シアトル産の玄ソバを敷いたクリアケースを埋め込んだり、品書きに口上書きしたり・・・お洒落でモダンなオーナーの思い入れを感じる。そのモダンさと、懐かしい蕎麦が、どう融合されてゆくのか、今後どんどん変化してゆく店なのか。
鶏卵繋ぎと聞いて、真っ先に思い浮かべる私の大好きな神田「まつや」のような、誰からも愛されるお店になってくれたらいいなぁ…なんてね。ともあれ、オーナーは、近く品書きの大々的な見直しを行うと言っていたし、また訪ねてみたい。
■住所江戸川区西葛西6-17-12■電話03-5667-2288■営業時間11:30〜15:00/17:00〜22:00(ラストオーダー30分前)■定休日月、ただし祝日が月曜日の場合は、翌火曜日が休日)■アクセス東京メトロ東西線西葛西駅 徒歩4分