そば打ちにおける「く く り (括り)」
T、はじめに
「くくり」というやまと言葉を考察するにあたって、あらかじめやまと言葉の特徴と、手打ちそばは江戸流を基本にして、その生まれ育った江戸時代から現代((いま)にいたる、時代背景を大雑把に観ておきたい。
私たちがいま使っている日本語は、いわば江戸時代まで使われていたやまと言葉に、明治維新以降(明治20年代ころ)西周(にしあまね)によって西欧の横文字を漢字に翻訳した新しい日本語(たとえば、文字、文章、哲学、科学、思想、主観、客観、分析、等々はその一例である)、意味の変化した語あるいは世相を反映した語等が大量に加わったものといえる。
「くくり」と同じ江戸時代までのやまと言葉について概観してみると、言葉には事の端(コトのハ)という意味があり、事に重きをおいているようである。たとえば、日常使っている言葉「もの、こと」を取り上げてみると。「もの」は、原理、原則、不変化のことをいい。「こと」は、物質性、現象性、一回性、非原則のことをいう。具体例をあげれば「人生はむなしいモノ」というが、「人生はむなしいコト」とはいわない。また日常の会話でも「何と馬鹿げたコトをしでかしたモノだろう」というが、「何と馬鹿げたモノをしでかしたコトだろう」とはいわない。この「こと、もの」という言葉について、広島大学名誉教授の荒木博之氏は『目にみえないものごとの背景にある真実が「もの」、目にみえた事実、現れたもの、目の前で起こった現象が「こと」といえる。』と定義している。そして今はこの説が定説となっているようだ。続きを読む